気狂いピエロ
ゴダールの映画を見た後の、なんともいえない感じ。不条理の数々。象徴的な言葉と、脈絡のない展開。謎めいた引用文。どこに収束するわけではなく、混沌としたまま散在するストーリー。『気狂いピエロ』を観て何か感想を書こうと思ったのだけど、どこから話をすればいいのやら、何を話せばいいのやら、見当が付かない。
非日常の中に凝集された日常性。どこまでも美しい映像と色彩。男と女の共鳴しながら交わらない感覚。破滅を前提とした仮初めの自由に内在する美と醜。そして、死。
みっともない死であれ、中途半端な死であれ、死は絶対的な終末点となる。死によって何かが完結することはなく、何かが継続することもなく、好むと好まざるとに関わらず、ただ強制的に消滅する。死は説明も弁解もしない。生者は死を解釈しようと試みるけれど、死者が死を解釈することはない。
さておき『気狂いピエロ』に登場する車、特にアルファロメオが、なんとも瀟洒で、楽しくて可愛らしい。昔の車には先ずデザインありき、といった洋服のような面白味がある。現代の車には失われてしまった、夢のようなものがある。画家が作る車と、技術者が作る車の違いとでもいうか。この映画が制作された1960年代は魔法の年代だと思う。新しいものが次々と生まれて、ついには月にまで行ってしまったのだから。
By poturi | 09年01月26日(月) | コメント(0) | トラックバック(0)この記事のトラックバックURL
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